日本の森には約9万種以上の生物が生息していると言われており、
中には世界中でここ日本にしかいない生物もいます。
自然界には食物連鎖の生物サイクルがあり、
種の多様性を保ちつつ、生物の数もある程度の範囲で保たれてきました。
長い間、人間のくらしともうまく共存していたのです。
山の中や、特に森と里との境界線付近では、動物による被害が多発し、
周辺に住んでいる人や農作物に大きな被害が出ています。
農林業被害はなんと200億円にも達し、一部では貴重な高山植物の激減や 土壌の流出といった被害まで発生しているのです。
さまざまいる動物たちの中でも、特に人の生活に被害を及ぼしているのが、 シカ、イノシシ、サル、クマです。
地球温暖化による天候不順で山の食料がなくなる、人間の作る作物の美味しさを知ってしまった、など様々な理由が考えられますが、もう一つの大きな理由として、人間と動物のテリトリーの境界線があいまいになってしまったことが挙げられます。
近代に入るまでの日本では、人間の手が入りつつも生態系が息づく「里山」という地帯が多くありました。里山では、樹木もまばらで見通しが良く、動物たちも人間を恐れ、里山には近づいてきませんでした。いわゆる緩衝帯になっていたのです。
しかし、20世紀に入る頃から工業化が進み、農村が過疎化。里山を人間が利用しなくなり荒れ、この緩衝帯の機能が失われています。結果、今まで里山として緩衝機能を果たしていた地域に木々が生い茂り、民家などのある人間の活動ゾーンのすぐ隣に、動物たちの活動ゾーンである森林が存在することになってしまっているのです。動物たちは通常、山奥から森の境界線付近までを活動範囲としているのですが、緩衝帯がない今、森を一歩出たところで人間にばったり遭遇し、命の危険を感じて人間を襲う…という状況になっているのです。また、山の木の実などが不作の年は、動物たちが食べ物を求めて人里付近までおりてくることが近年は急激に増えてきています。一体どうしてなのでしょうか? それは人間の食べ物の美味しさを知ったからです。見た目が悪い、虫に食われてる等を理由で田畑に廃棄した農作物や果物、山にポイ捨てされた弁当やお菓子、人間が善かれとあげたエサなどが原因で、頻繁に人里で食べ物を探すようになったのです。
これは本当に動物たちのせいなのでしょうか?
里や町へ出没する野生動物が激増してきているため、
全国の自治体ではさまざまな対策が考えられ、
また実行されているものもあります。
家畜や動物を放つ
動物たちは人間やほかの動物の臭いや気配に敏感です。山と里の境界線付近で犬の散歩をしていると「ここは人間の活動領域だ」と知らしめることができ、一定の効果があるとされています。
また、サルを追い払う犬(モンキードッグ)やクマを追い払う犬(ベアドッグ)を導入したり、一旦絶滅したオオカミを海外から連れてきて、シカやサル、イノシシ退治に役立てようという構想もあります。*
ほかにも、もともと里山だった地域にウシやヒツジを放牧し、動物の気配を感じさせるとともに、下草をしっかり食べさせ、野生動物たちが隠れる茂みをなくす対策も全国各地で行なわれています。畜産が営めると同時に、緩衝帯づくりも行なえるという一石二鳥の対策です。
* 外来種による他方面への影響を考慮し、まだ実行はされていません。
エサになるものを管理
野生動物にエサを与えないことはもちろん、山にゴミを捨てないという基本的な対応がもっとも重要です。
農家の方の対応としては、熟して落ちた果物はそのままにせず片つけることで大切な農作物への被害が減らせます。
イノシシが嫌がる唐辛子やシソを農作物のまわりに作付けて、被害を抑えるというおもしろい方法をとっているところもあります。
柵を張る
山ぎわに動物の侵入防御柵を張るという方法は全国各地で採用されています。中には「電気柵」を使用し電気ショックで動物たちを怖がらせ、近づかないクセをつけるといったことも行われています。
さまざまな方法が考えられ、試行されている獣害対策。その中でも環境づくりや動物たちとの共存という視点で優れているのが「里山再生による緩衝帯づくり」です。かつて野生動物たちと人間を上手に隔てていた里山を荒れたままにせず再生することで、動物、人間がお互いに目視でき、その距離を保てる緩衝帯をもう一度整備していく試みです。
荒れた旧里山エリアにはやぶが生い茂り、特にイノシシやシカの恰好の隠れ場所になっています。この茂みを取り払うことで見通しのきく緩衝帯ができ、野生動物たちは人里に近づきにくくなるという大きな効果が見込めます。
また、放置された人工林の整備を進めることで、森の中に光が差し込むようになり、より動物たちが隠れにくい場所となります。同時に、森としての機能を回復できるので、木々の活動が活性化され、二酸化炭素(CO2)をふんだんに取り込める森へと変わっていきます。まさに問題の地球温暖化対策にもなっていくのです。
里山再生の取り組みでは、「野生動物たちとの共存」が図れるという直接的効果、「CO2をより多く吸収できる森づくり」という副次的効果、そして「新たな産業や観光資源の創出」という地域振興の実現も可能です。これまでも、里山エリアに桃の木を植え、見通しのきく緩衝帯機能を保ちつつ、春先には咲き誇る花の名所、秋にはたわわに実る桃狩りの名所として生まれ変わった地区があります。また、つつじを植えて、シカ、イノシシなどの防御柵の機能を持たせつつ、見事に咲き乱れるつつじの名所として観光資源となっている場所もあります。産業としては、前項でも触れたウシやヒツジの放牧によって、野生動物を遠ざけながら、新たな畜産エリアとして産業を創出したケースも現れています。このように、人間と野生動物を隔てる緩衝帯としての機能に加え、新たな価値を付加する事例が全国に広がってきています。みなさんも、虐殺でない野生動物との共存、そして新たな里山の活用を考えてみませんか。